世界の“ゆがみ”から覗く、“ナニモノ”かの話


野武士にもし10万円わたしたら1 ‐ ニコニコ動画:GINZA

 

おぎやはぎ」っていうコンビのお笑い芸人がいましてね。僕も好きなんですが、彼ら番組で「ホームレスに10万円を渡したら、1時間でなにを買うか?!」っていう実験企画があったのです。

それで、おぎやはぎの2人が、まずは新宿の公園で実験に協力してくれる野武士さん(ホームレス)を物色するところから番組は始まるのですが・・・・・・実際、何人の人に「野武士さん、なにしてるんですか?」と声かけしたか分からないくらいのとこで、道ばたでビックイシューを売っていた1人の野武士さんと出会います。

「こんにちは~なにしてんですか?」

「ビックシュー」

「え?」

「ビックシュー・・・・・・」

「はい??」

「ビックシューなんですけど・・・・・・分かりませんか?」

それから、おぎやはぎが企画の説明をし、野武士さんが「よろしいですよ」と言ったところから、野武士さんの家の間取りの話や(ワンルームは流行りですもんね)、趣味の絵を見させていただいたり(カッパの絵)して、矢作さんが野武士さんにひとつの核心的な質問をすることになります。

「43歳で、野武士になったきっかけってなんなんですか?」

で、ここからが今回の大事な話ですが・・・・・・最初にあやまりますが、今回の話はちょっと怖い話になるかもしれません。

というのも、今回も例によって「物語世界」と「象徴世界」の話なのですが、普段「物語世界」にしかいない人が「象徴世界」に触れるのは、実はものすごく恐ろしいことなのです。おそらく魂かなにかに安全装置があって、準備のない人が変な世界に行くのを守るためなんだと・・・・・・まあ、ジブリでいう千と千尋やポニョのトンネルみたいなものですね。

今回はそんなちょっと怖いトンネルの話をしようと思うので、どうぞ穏やかに暮らしたい方はお引き取りを・・・・・・と、前置きしたところで話を戻します。

「43歳で野武士になろうとしたきっかけってなんなんですか?」

そう矢作さんが聞くと、野武士さんはとくに口ごもる様子もなく流暢にこう答えました。

「いや~飲みに行ってね・・・・・・靴・・・・・・靴を盗まれてね」

「あー・・・・・・。靴を盗まれたのがきっかけで・・・・・・それで、野武士になろうって思ったんですか?」

「片方だけなんですけどね・・・・・・靴を・・・・・・」

「靴を片方盗まれて・・・・・・。また靴を買おうとは思わなかった?」

「買いましたよ。けど合わなくて・・・・・・。財布なんかは盗まれても頓着なかったんですけどね・・・・・・でも、靴だけね、やっぱり盗まれちゃったら・・・・・・なんか急にうまくいかなくなっちゃってね」

「・・・・・・両方盗まれたほうがよかったのかな?」

「両方のほうがまだいいですよね。でも、片方はどうもね・・・・・・」

「両方盗まれてたら、もしかしたら野武士にならなかったかもしれない? ・・・・・・だとすると、やっぱ運が悪かったのかなあ」

「・・・・・・」

そのあとも、ロケ中に「靴が・・・・・・あの靴が片方ね・・・・・・」と、なかば思い出したように呟くシーンがあったりするのですが、つまりですよ。

彼がホームレスになった理由は、《靴が片方盗まれたから》という、一見してなんの脈略もないことがきっかけなんです。

一体どういうことでしょうか? おそらく普通は「片方だからバランスが悪くなって」とか「それまで溜まっていたストレスの引き金が」と、彼がホームレスになった原因を、その人の素性や人間性の「物語」にあぶり出そうとすると思います。けど、この話はそうじゃない。納得できるかの次元じゃないのです。

靴が片方だけ盗まれた、原因はただそれだけなのです。

しかし・・・・・・、僕らにとっては「靴が片方盗まれた」だけのことですが、しかし、彼はその瞬間なにかを見てしまった。なにか得も言えぬような、気持ちの悪い、それまでの人生をすべてひっくり返してしまうような、強烈な世界のゆがみを彼はそこに見てしまったのです。


違う話をします。

文学者の柳田国男さんの話なんですが、この柳田さんは体の弱い子供で、14歳くらいのころは田舎の親戚の家に預けられていました。学校へも行けず、いつも家にある本ばかり読んでたのですが、あるとき・・・・・・庭の土蔵の脇に小さな祠があるのを柳田さんは見つけます。

「これはなんだ?」と聞くと、親戚の人に、これはおばあさんの祠だと、死んだおばあさんを祠に祀っているんだと言われます。

ですが、そう言われても子供心に「祠のなかに、一体なにがあるんだろう?」と、すごく気になるわけです。そして、祠の中を見たくてしょうがない・・・・・・と、我慢しきれなくなったある日、家の人がいないのを見計らって、思い切ってその祠の扉をゆっくり開けるのです。

すると・・・・・・中には、握り拳くらいの丸い石がコトンと置かれていただけでした。実に美しい石だったそうです。けど、それを見たとき、実に不思議な、実に奇妙な感覚に柳田さんは襲われました。そして、思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

自分がなぜしゃがみ込んだのかも分からぬまま、なんともいえない気持ちのまま・・・・・・柳田さんはふと空を見上げました。空を見上げてみると、実によく晴れた春の空で、そこには真っ青な空にいっぱいの星が見えました。

「これはおかしい」と、こんな時間になんで星が見えるのかと、柳田さんは不思議に思い・・・・・・ますます奇妙な感覚に襲われ・・・・・・

と、そのとき、「ピー!!」と近くで鳥が鳴き、柳田さんはゾッとして我に帰りました。そして、このときのことを後に柳田さんはこう語りました。

「もしあのとき鳥が鳴かなかったら・・・・・・私は発狂していただろうと思う・・・・・・」


これは一体なんなのでしょうか・・・・・・? 

彼らは一体なにを見たのか? もとい、それは特殊な人にしか起こらないことなのか? ・・・・・・いや。特殊な人だけかといえば、そんなことはないのです。勘のいい人であれば、思い起こせばきっと似た経験があるぐらい・・・・・・この事象は、いつなんどき誰の人生にも起こり得るものなのです。


僕たちは普段、この現実世界こと「物語の世界」を生きています。それは、自分の中の物語、自分以外すべての人の物語、そしてコミュニティや自然や日本の物語が組み合わさっては織りなす、まるで巨大なガンジス川のような世界です。

この川は、いわば永遠か運命とも錯覚するほどに、僕らの生まれてから死ぬまでをずっと温かく包んでくれています。それに気づくか気づかないかは関係なく、僕らは安心してその川に身を任せて生きています。

しかし・・・・・・希になにかのきっかけで、その川に恐ろしい「ゆがみ」が生じることがあります。些細な「ゆがみ」もあれば、例の野武士さんのようにもう二度とその川に戻れないような決定的な「ゆがみ」もあるわけですが、ではその「ゆがみ」の正体とは一体なんなのでしょう?

それは、川の表面に出来た、言わば穴であり・・・・・・もっと言うと「象徴世界の覗き穴」がそれなのです。しかし、なんで「覗き穴」なのか? 「覗き穴」と言っても、一体なにが覗くのか?

ここで非常に大事な話をします。先ほどから、「僕らは物語の世界に生きている」ということを言ってますが・・・・・・「象徴世界」には、その象徴世界に住む、象徴世界で生まれた生きものたちがいるのです。

その「象徴世界の生きもの」の覗き穴が、もっと言えば入り口が、この不思議な「ゆがみ」の正体です。そして、その存在とのこの世界での出会いが・・・・・・

ともかく、トンネルは恐ろしい。心霊スポットや、変な神社には近づかないに越したことはない。いや、いつ何処にいようと、その穴は突然と開くことがある。そして、非常に危険だけど、その穴をこちらから開くことも出来る。