夢地獄

夢の中でとんでもない本を読んだ。
 
普通、夢の中で本を読むと、読んでる最中にぐにゃあと本文が歪んだり、同じ文面が地獄のように無限に続いていたり、読もうとするたび隣の席のおばさんの存在感が異常すぎて集中できなかったりするけど、今回はまったくそうじゃなかった。
 
これがもう完璧に成立した文章で、読んでも音読しても、滞りなく美しく完成した文章としてそれが読めた。しかもトラックのタイヤくらい存在感のあるおばさんも邪魔に現れないし、夢としては前代未聞。なんと最後まで読めてしまった。
 
 
「これは奇跡だ!! この本のことを絶対忘れまじ! 覚えたまま、絶対現世へ連れて帰るぞ!!!」
 
 
というのは、夢を見ながら「これは夢だ」と気付いていたからで、だからこそ慎重に丁重に、天に延びる一本のクモの糸をたどるようにして現実世界へと持って帰ろうと僕は試みた。
 
言ってみれば、この「これは夢だ」という意識が一瞬でも切れたら、それはクモの糸が切れるのと同じである。糸が切れたら、もはや僕は地獄へ真っ逆様。地獄に落ちた僕は、もはや人間であることすら忘れ、そこに自生するオランウータンと一瞬にして同化し、ただ見分けがつかなくなるどころか、彼らと和気あいあいと繁殖行動を起こすかもしれない。
 
だから、ともかく意識を失ってはならない。夢に落ちてはならない。これはミッションである。まるでインディ・ジョーンズよろしく、夢世界の魔法のランプを現実世界に持って帰らねばならないのだ。
 
 
しかし夢の世界というのは、これが冬の日本海か、一人でのんびり温泉に入ろうときに年寄りに絡まれるくらいたちの悪いところがある。
 
強烈な嵐か、もしくは僕の気の小ささを利用した断りきれない昔話の相手か、あらゆる手練手管を使って、夢は僕の意識の糸を切ろうとするのだ。現実世界に、夢世界の魔法のランプを上らせないようにするのだ。
 
 
って、まったく、なんでそんなことをするのか。あほじゃないのか。
 
夢の世界は、僕をなんだと思ってるんだ。少しは僕を信用しろってんだ。核兵器のボタンを与えられたら「ウホッウホッ」と何の考えもなしにボタンを16連射するとでも思ってるのか。魔法のコンパクトが手に入ろうもんなら「テクマクマヤコンテクマクマヤコン、キムジョンナムになぁ~れ~!」で一瞬にして絶大な権力でも手に入れるとでも思ってるのか。
 
 
ふふふふ・・・・・・ってうそうそ。キムジョンナムになった妄想なんてしてません。ともかく僕は清廉潔白なんです。あらゆる欲望と、しがらみからもはや超越してるんです。そこんとこ分かってもらって、もう下手な試練とか辞めてもらっていいですかねえ。だって、これからはなんたってTPPの時代ですよ。もう関税なんか取っ払って、夢世界の消化し尽くした絞りカスじゃなく、そろそろ本物の黄金のほうを持ち帰らせてはいただけないですかね。ああ、そろそろ僕も魔法のランプが欲しいなあ~・・・・・・
 
 
 
としてたら糸が切れ、僕は「あ~れ~~~~~」と地獄へ堕ち、そこで自生するオランウータンと泥の中をスイミングしたり、うんこ投げ合ったりして仲良く暮らすことになり、そして気付けば布団の上でニコニコしながら僕は目を覚ましたのでした。
 
「あ、れ・・・・・・ここはどこ? さっきまで愉快な仲間と一緒に生を満喫していたのに・・・・・・?」
 
もはや本の記憶はありませんでした。いや、わずかにあるけど、もはやその本はオランウータン語に翻訳されており、泥だかうんこだかにまみれ、とても読めたもんじゃありませんでした。
 
 
「てか、本なのが悪い!! なんで本なんだ!! 次からは、映画にしろ映画に!!! 文字だけなんて、いま普通に読んでも忘れてまうわ!! もっとスピルバーグとか、デヴィッド・フィンチャーとかの巨匠に頼んで、一度見たら二度と忘れない感じの映画にしろや!!」
 
 
というわけで、自分じゃなく、他をどうにかして美味い蜜を吸おうという、こういう魂胆が下衆なんでしょう。重くて糸も切れるわけです。
 
こういうとこを少しずつ軽くして、夢の世界とのやり取りを今よりやりやすくしていかないとなあ。けど、やっぱ本はもう辞めてほしい。出来たら、こう、可愛い女の子の出る映像作品で、お願いします。