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ビンビンの下駄

地獄

昨日の文章に急にコメントがいっぱいついたんですが(Facebookにあげたらついたんです。ここにはゼロ)、あの、みなさん、もうちょっと考えてはくれませんか。
 
てのも、僕は繊細なんです。下品だけど、趣味は石拾いなんです。かわいい石を拾っては、この石の顔はここかなと、ほっこりしちゃうような人間ですよ。
 
そんななのに、いきなりあんなコメントが来たら、もうタマちゃんですよ。多摩川のタマちゃんですよ。最近テレビ見てないからこんな喩えしか思いつかないタマちゃんだけど、急に名前付けられて「タマちゃ~ん」って囲まれたような、そんな気分ですよ。
 
 
ああ、こんなにたくさんのコメントに返信してたら、僕のルーティーンが爆発しちゃう・・・・・・
 
ってな感じで、僕にはちょっと自閉症的なとこがあるので、そのへんこう、野生動物や、芸能人の自宅を見守る感じで、たとえば一つの記事につき3コメントくらいが理想的なので、これからはそれでお願いします。
 
 
 
・・・・・・ってのは、まあ冗談ですけど、とりあえず昨日書いたことについて、もうちょっとだけ書きます。
 
 
僕らは、自らの目線を変える下駄を履いて生きているって話で、その下駄のひとつにお酒があるってことを昨日は書いたんですが。
 
 
もし下駄って言い方がピンと来ないってんなら、一種の燃料か、もしくは、まむしドリンクみたいなもんだと思ってください。お酒を飲むことで、ブースター装置が発動しますよみたいな。まむしドリンクを飲むことで、あなたビンビンになりますよみたいなって、もっと分かりづらいか。
 
 
まあ、ともかくお酒は物理的に人の脳に影響を及ぼすわけですよ。大脳を麻痺させ、その人の認知能力になんかしらの変化をもたらすわけです。
 
これを、まむしドリンクでいうと、まむしドリンクを飲んでビンビンになった人は、それまでのビンビンじゃなかったその人とはまるで別人なわけです。ビンビンな人は、もう見える世界が違うのです。自信に満ちあふれ、自分がまるで夜の帝王にでもなったかのようになって、顔に似合わない北斗の拳ラオウの台詞なんかをついぞ口走ったりしちゃうのです。
 

 

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つまり下駄というのは、僕らが自分自身をどれだけビンビンにさせて生きてるかという・・・・・・って、いよいよ自分でもビンビンビンビン言い過ぎて、こいつ頭おかしいぞと思えてきた。
 
 
 
まあでも、ここまで来たらと身を切り刻んで下ネタで話を続けると、じゃあですよ。
 
じゃあ、僕らがまむしドリンクを飲まずしてビンビンになるのは、一体どんなときなのか? これが問うべき根本です。みなさんよく考えてくださいよ。僕らはいかにしてビンビンになるのか? と。
 
 
 
で、それは、この世界に触れたい存在があるときです。いわば欲しいものが、関わりを持ちたいものがあるときに、人はビンビンになる。これがつまり下駄ってことです。
 
 
この世に関わろうとするものがあるとき、その時点で人は下駄を履いてるのです。その時点で、ややビンビンなんです。欲しいものがあるとき、その人は、その人、個人の感覚とは違う、一種の集合的無意識の感覚になるのです。
 
 
 
で、こんな話をしたくなかったんだけど、たとえばこう考えてください。
 
1分間だけ、「わたしはこの世界に欲しいものがなにもない」と思ってみる。ただここに私がいるだけだと。わたしは、ありとあらゆるものから解き放たれてると。
 
 
 
これが、つまり瞑想ってやつです。
 
そして言ってみれば瞑想は、自分自身をノット・ビンビンことフニャフニャにする方法なのです。
 
 
この世に執着がなくなるってのは、そういうこと。下駄をすべて脱ぐ。まむしドリンクを全面カットして、まるで赤ちゃんのようなビンビンとはほど遠い自分になるってのが、まあ、人がこの世界をまともに見るってことなんです。
 
 
で、それって一体どうなのか・・・・・・っていうね。
 
というのも、なんだかんだ言って、みんなビンビンに生きたいでしょ?
 
 
 
 
にしても、真面目にビンビン言い過ぎて、感覚がなんかおかしくなってきた。我が人生に一片の悔いなし。