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神通力を持つ和尚から瞑想を伝授された童貞の話

童貞 昔話 つれづれ

その5。。。さよなら童貞、最終回。
 
  
ー前回までのあらすじー
 
「童貞でも馬鹿にされずに生きるには」との答えを探し求めた童貞が辿り着いたのは、まるで漫画みたいな神通力を身につけた、もはや頭皮すら光り輝く、いと偉い和尚さんの住む山寺だった。
 
そこで、やはり和尚さんに将来の心配をされるも、しかし童貞の心には「将来」の二文字はすでになかった・・・・・・そう、あるのはただ「浪漫」だけ。それが童貞。それでこそ童貞。
 
 
ともかく、そんな出家したい童貞の話はこれにておしまい。
 
一体、童貞は和尚の弟子になれたのか?
 
和尚さんから、1万円の次は、一体なにをもらえるのか・・・・・・?!
 
 
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というわけで、全盛期の千代の富士というくらいの粘り腰に及ぶ僕に、和尚さんがついに秘策を出したのだった。
 
 
「そこまでいうなら・・・・・・仕方ない。ちょっと、この紙に自分の名前を書いてごらん」
 
 
 
えっ・・・・・・と、それを聞いた途端、きゅっと僕の心臓が梅干しくらいに縮こまった。
 
 
やばい・・・・・・。名前を書くってことは、もしかしたら、もうこれ確定ってことじゃないか? サインを書くってことは、もしかしたら弟子入りおっけーよんって、そういうことなんじゃないか? えっ、えっ、えっ・・・・・・?
 
 
まるで女子に話しかけられたかのように、童貞の心がフリーズした。そして思った。
 
 
「心の準備が・・・・・・」
 
  
これこそが、童貞の心の叫びランキングその堂々の一位に輝く、伝家の宝刀「心の準備が・・・・・・」である。
 
そう、女子に声をかけられるも無視したり、ちょっと横柄な態度をとってしまう童貞は、「心の準備さえ出来ていれば、自分はこんなもんじゃない!」と、常に心の中でこれを叫んでいるのである。
 
 
というのも、童貞は、受け身になると、これがめっぽう弱いのだ。自分の世界では鬼かというくらい芸能人のスキャンダルに強く当たる童貞も、いざ自分の垣根を越えた出来事が起こると、はやく家に帰りたいとガクガク足が震えだしてしまうのである。
 
 
 
というわけで、この出来事を前にして、ふと、童貞の脳裏に走馬燈が走った。
 
 
母や父の記憶、また兄弟や友人たちの顔が、ひとりひとり脳裏をかけめぐった。そして心からなにかが溢れた。
 
ああ、いままでありがとう。もう会えないかもしれない・・・・・・けど、会えてよかった・・・・・・。
 
 
 
が、次の瞬間だった。童貞の脳裏に、ふと、好きだった子の顔が浮かんだ。
 
そして、その顔が、どうにも脳裏から離れなくなった。ほかの顔はあっさり流れていったのに、なのにどうにも好きな子の顔が脳裏から離れない。そして、ついに走馬燈が止まってしまい、はっと、童貞は我に返った。
 
 
 
 
ああ、好きな子とセックスしたい~。
 
 
 
 
童貞は、つまり自らの生命を思い出したのだった。
 
「自分は童貞である」というアイデンティティが音を立てて崩れ、「童貞である以前に、僕は欲求不満なんじゃないか」という、つまり生命としてのシンプルな自分を、生命の道こと種族保存の本能を思い出したのだった。
 
 
ああ、こうしてはいられない、やっぱ出家するのは愛を知り、カルマというか欲求不満を解消してからにしよう・・・・・・
 
 
 
なんて思っていると、和尚さんが変哲のない紙とペンを出してきた。
 
 
「これに名前を書いてみて」
 
 
そう言われるままに、僕は、さっと名前を書いた。一度「やっぱ僕はだめだ」と踏ん切りがつくと、人間、もう怖いものはないのである。だめだと諦めながら進む人間は強くなれる。
 
 
すると、僕の書いた名前をみて「良い字を書くじゃないか」なんて言ったかと思ったら、和尚さんがその紙を手に持って目を閉じ、なにやら独り言をぶつぶつと唱え始めた。
 
 
空気の読めない童貞ですら、このときばかりは空気が変わるのか分かった。ぴりぴりとした何かを感じた。なにやら世界の一部がめくれあがったようだった。
 
 
「そうか・・・・・・」と、目を開けた和尚さんが言った。
 
「きみは・・・・・・」と、僕にどこぞの世界でみた僕のことを話し始めた。
 
 
 
僕はそれを聞きながら、ええーほんとかなーと思った。
 
相変わらず僕の心は汚れており素直に信じられなかったが・・・・・・というか、僕を追い出したかったがための方便だったかもしれないと未だに思っているが、ともかく僕は、俗世でやるべきことがあって、和尚さんは僕のためになんかで応援をしてくれるということらしい。
 
 
そんなわけで、ふー、シャバの空気はうまかーと、僕は山を降りることにした。「好きな子とやることやんなきゃいけないし、なんか他にも仕事があるらしいし、ああ大変だ~!!」と、もはや僕は、童貞を超えた童貞になった気がしていた。
 
 
けど、最後に。
 
最後に、これだけは聞かなきゃいけないと、別れる直前、和尚さんに一番聞きたかったことを尋ねた。
 
 
 
「例の話ですけど、じゃあ生命の根元を思い出すためにはどうしたらいいんでしょうか? そのための修行法というか・・・・・・僕でも自分で出来る方法を教えて欲しいです」
 
 
 
すると和尚さんは「ブッダも一人で悟りを開いたんだ」といって・・・・・・
 
 
僕に、ひとつの瞑想法を教えてくれた。真剣な顔をして、その日一番熱い口調になって、この方法でやりなさいと、力強く、僕に「法」を託してくれた。
 
それは、過去に通った、とある道の信じられないほどの美しさを、その道へ行こうかと悩む者へ必死に伝えようとするのに似ていた。ともかく僕は、その瞑想法を聞いて、これを宝物にしようと思った。
 
 
 
その瞑想法を、この長い文章の締めくくりとし、今日ここで・・・・・・
 
 
 
 
  
おしえません。
 
 
 
ほほほほほ。教えると思ったか。
 
長々と読んでくれたのに申し訳ないけど、グーグルが教えてくれないことが世の中にはあるんだって、そういうことです。
 
 
ワンクリックで分かる情報も大事だけど、童貞が地べたを張って見つけた情報は、モノじゃなく血の通った僕の一部のようなものなのですから。
 
その一部を、そう簡単に言うわけが、ない。
 
その一部を大切にしない人がいるであろう場所に、そう簡単に並べるわけがないのです。
 
 
 
というか、本当はなにがいいたいかっていうと、インスタントに得られるモノを本当に大事に出来る人っていないのです。旅をしたとか、そのために苦労したとか、長年付き合った大事な人に貰ったとか、そういうのがあって、初めて人はそれを宝物に出来る・・・・・・っていう。ね。
 
 
この話だと簡単に和尚さんから聞いたように書いたけど、実はそれは嘘で、本当は、何遍も何遍も寺に通ってようやくそうなったって話ですし。
 
なので、もしその瞑想法を知りたい人は、ワンクリックじゃない、つまり多少の面倒くさいことをして、僕に直接会ったときにでも聞いてください。
 
 
SNSやらの受動的に得られる情報より、なんかしらのアクションをして得られる情報のほうが、よっぽど精神の干からびに雨を落とすってなもんですからね。
 
情報は、お金で買えるものもあるけど、誰かの魂の一部だったりもして、まずそれに触れる覚悟も必要なのです。
 
 
 
とのわけで、偉そうで、ごめんなさいいいいいいい。
 
 
ちなみに僕は、簡単な気持ちじゃ出来ないと、いままで特別な時にしかしてこなかったその瞑想法を、童貞回帰の芽生えとともに、先月から本腰を入れてやるようになりました。
 
なんでも大事なものは最後にとっておくタイプなのですが、10年経ってようやく……。あのころの僕に、僕は帰ってこれた。