僕がいま最も神と崇める人

僕がいま、誰より尊敬する人を紹介します。(というか、今回の文章は5000字もあって長くて死ねるけど、読めば、むっちゃいい話だときっと思うので・・・・・・!頼むから、読んで読んで読んでくださいいいい)
 
 
 
それは僕の整体の師匠・・・・・・じゃ、ありません!!! って言ったら、いろんな人からナイフのような視線が注がれそうで怖い怖い。
 
いや、もちろん整体の先生のことも尊敬してますけどね。してるんですけどね・・・・・・でも、32歳との、戦国時代の平均寿命に差し掛かかる男子の乙女心は複雑というか、先生より個人的に大好きで尊敬している人がいるのですこれが。
 
 
 
言ってみれば、「この人のようになりたい」という、まるで少年のような憧れを抱いてしまう人が・・・・・・この歳にして、ついに出来たの(ぽっ)。
 
 
 
って、それこそ「憧れは、整体の分野で抱けよ!」ってツッコまれそうだけど、もうそこは鬼のガン無視で、いよいよその、私が神と崇めるお方の御名をご紹介したく思います。
 
 
  
その人は・・・・・・
 
 
その人の名は・・・・・・
 
  
 
 
 
ウメハラ」です!!!!!!
 
 
 
そう、あの「ウメハラ」こと、梅原大悟です! 
 
あ〜言っちゃった。って、あれ?! もしかして、あなたもウメちゃんのファンでしたか??
 
ほんとすごいですよね、ウメちゃんの「波動拳」は!!! もしかして「漫画ウメハラ」も読んでます? かの有名な「背水の逆転劇」なんか鳥肌もんだし、なんたって彼は3つのギネスホルダーでもあるし・・・・・・もうほんと・・・・・・
 
 
 
って、あれれれれ???
 
なんで「波動拳」が一発で文字変換できないんだ? ってか、スペースキーを何回押させる気なのこれ? おかしくないこのキーボード? 「波動拳」が一発で変換出来ないって、なめてんのか?
 
 
 
・・・・・・じゃなくて、ああ、すみません、現実逃避しておりました。
 
 
鼻息を荒くし「ウメハラを知らないなんて笑」との空気を出すべく奮闘いたしましたが・・・・・・、きっと、僕の友達なんかも誰も知らないのでしょう。それが現実なのでしょう。そもそも僕の友達はテレビも見ない人ばっかだし、そんな人らがウメハラ言われても、きっと「誰それ」なんでしょう。
 
もとい、テレビが好きで「ガッキー可愛い!」とか「カナブンブーンデモエビインビン」とか言ってる人らとも住む世界が違いすぎて・・・・・・あああああ、もうこんな世界、我慢できーん!!!!!! 
 
 
 
なんでみんな、彼の素晴らしさを知らないんだ!!! というか、知って欲しい! いや、頼むから知ってくれ!!!
 
 
と、僕の愛の波動が、いよいよ殺意の波動に変わりそうなので、ともかく、今日はみんな聞いてくれ! 頼むからみんな聞いてください!!! 長くなるけど、「いい話だった」と、きっと思うから!
 
 
 
 
というわけで、じゃあウメハラが何者かというと、彼は日本人初の「プロゲーマー」です。
 
主に「ストリートファイター」という対戦格闘ゲームを主戦場とし、最近ではNHKなんかでも特集されたりする、ゲーム業界では世界でも有数の有名人です。
  
 
 
「ああ、ゲームか」じゃありません。「所詮、ゲームでしょ」だなんて・・・・・・いやいや、もし偏見があるなら、よくよく考えてくださいよ。
 
将棋もチェスもゲームでしょ? もっといえば、スポーツその他もみんなゲームじゃないですか。
 
 
 
で、僕から言わせると、そういうスポーツ選手やらより、ウメさんのが何段も飛び抜けてるところがある。他にはない、非常に尊いところがある。
 
 
 
それはなにかというと・・・・・・たとえばプロ野球選手を夢見る少年がいたとしましょう。その少年はテレビを見て「僕もいつかは巨人に入るぞ!」とかなんとか思って、その夢を原動力として頑張るわけです。
 
それに伴い、野球が上手くなれば周りからもチヤホヤされ・・・・・・なんというか、少年は、言ってみればこの社会の「王道」を通ってプロ野球選手になるのです。
 
人生になんの疑問を感じることなく・・・・・・誰かが描いた、美しい夢を実現してプロ野球選手になっていく。
 
 
 
しかし、これがウメさんの場合だと、そうはいかない。
 
なんたってゲームです。現在でも、これだけの偏見があるのです。いや偏見というより、僕やウメさんが少年のころは、それはあくまで「現実」でしかなかった。
 
 
 
「ゲームが上手くなったところで、一体なにがあるんだ・・・・・・」
 
 
 
言ってみれば、ゲームなんて上手くなったところで夢も希望もなかった。いや、夢がないだけならまだしも、ゲームセンターなんてのは「人生の敗者の集まり」みたいな、そんな烙印すら押されていた。
 
 
「このまま行けば、悲惨な人生になる・・・・・・」
 
 
“道無き道”どころか、この道の先は“底なし沼”かもしれない。このまま行くと、もう浮かび上がれないかもしれない。
 
でも、ウメさんは、1年のうちの363日もゲームセンターに通い続けた。
 
最近出演した番組では、「人」という漢字を「入」と書くという・・・・・・思わず見てる人が「放送事故だ! カメラ止めてー!」と衝撃を受けるほどに恐らく勉強もせず、その持てる能力のすべてをゲームに捧げた。
 
 
そして一時は麻雀や、勝負の世界に疲れて介護の仕事をするも、人の縁からゲームの世界に戻り、「この大会を最後に、ゲームはやめよう」と決意して挑んだ世界大会で優勝し・・・・・・
 
そこで「プロにならないか」との声が、いってみれば「夢にも見なかった」ことが起き、彼は日本人初のプロゲーマーになったのです。
 
 
 
 
・・・・・・って、この尊さが分かりますか?
  
これで食ってけるはずのないものに、己の全てをフルスイングしてきたこの尊さが。
 
もっといえば、やればやるほど人生を狂わすかもしれないものに、その暗闇の先に向き合い続けた、この尊さが。
 
 
 
 
で、さらに、ここからがウメさんの尊さを超えての崇高なとこなんですが、普通の人なら、まずここで調子に乗るわけですよ。
 
 
プロになった時点で、ある種の成功者ですから、自分って最高とかなって「好きなことだけやればいい!」とか、そんなタイトルの本を出したりしちゃうわけです。
 
自分の生き方は正しいんだと、「みんなも自分と同じようにするべきだ!」と調子に乗って、さらには成功者と呼ばれるような人と付き合い出したりしちゃって。
 

 
  
しかし、ウメさんは・・・・・・こんなことを言うのです。
 
 
 
そして、この発言の瞬間から、僕は「この人は聖人なんじゃないか」と心から尊ぶようになった。
 
 
 
一体どんな話かというと、それは、ある日のウメさんのネット番組でのことでした。
 
タイトル画面が明けて番組が始まると、そこにウメさんと、同じくプロゲーマーの「ボンちゃん」と、そしてもう1人、正体不明の男性が画面に映し出されました。
 
 
ネット番組では、視聴者が番組を見ながらコメントが出来るのですが、画面が出るや、そのコメント欄も一斉に「左の人、誰?」とザワつきはじめた。その人が、剛毛なクチひげを生やしてるもんだから、画面に与えるインパクトも強く・・・・・・
 
 
すると、ウメさんが「まず、視聴者の疑問を解消しよう」と、その正体不明の男性について話し始めた。
 
 
 
「説明すると、折笠格という男でして・・・・・・」
 
 
 
話によると、その折笠さんは、ウメさんを主人公にした「漫画ウメハラ」の“元”原作者ということでした。
 
というのも、漫画がスタートし、間もなくして、こいつは使えないと折笠さんはクビになってしまった。
 
 
しかし、せっかく個人的に気が合い仲良くなったのに、ここで縁が切れるのも・・・・・・と考えたウメさんが、折笠さんに、自らが新たに出演するネット番組の裏方の仕事を紹介し・・・・・・たのだけど、それも2ヶ月ほどで結局クビになってしまう。
 
 
 
それで、なんにも出来ない彼でも、さすがにこれなら出来るんじゃないかと、わざわざ新しいネット番組の枠を作り、そこで「番組の、視聴者コメントを拾う仕事」をして貰おうと。


「折笠 ここで死んでしまうとは情けない」と、ウメさんが復活の呪文を唱え続けて、ついにこうなったと、つまりはそういうことでした。
 
 
 
「彼は、秀でたモノがなにもない。なにも武器がない」
 
 
 
そして、折笠さんという人間を説明すると、彼は、ドラクエで言う「お金を稼がない商人」なんだと。「こいつにはコレ!」といった、突出した能力が何もない、なにかひとつの能力を伸ばすことをせず、ただひたすら平均的に能力を振り分け続けた・・・・・・
 
 
 
「絶対に、ボス戦に連れていけない奴」
 
 
 
だから、彼は、行く先々で「こいつは仕事が出来ない」とチョンパされる。秀でたモノがなにもないために、この世の中で「使えない」との烙印を押される。
 
 
 
「けど・・・・・・」
 
 
 
ここからが、ついに本題です。ここからが、いよいよ僕がウメさんを聖人だと崇めるにまでなった決定的な箇所になるのですが、まあ、ここでウメさんがこう言うわけです。
  
 
 
「おれは、『職業』っていうものが嫌いなの。その規則が嫌いなのよ。
 
 ってのは、この社会では、能力を特化すれば特化してるほど評価を高くされるじゃん。
 
 すごい歌が上手いとか、すごい演技が上手いとか、すごい野球が上手いとか、ゲームだってそうだよ。おれら評価されちゃって。
 
 
 だから、社会的な物差しで見たら(特化した能力のある人は)評価されるんだけど・・・・・・
 
 
 
 でも、もし、この世から職業を全部取っ払いました。食い物が無限にあります。欲しいモノがなんでも手に入ります。もう誰も働かなくていい。
 
 
 
 そうなったら・・・・・・彼は大スターよ?
 
 
 この時代が、まだ『職』を必要とする時代だから、彼の価値に気付けない。」
 
 
 
 
・・・・・・つまりウメさんは、自分が誰よりもひとつのことに特化した生き方をしてきたにも関わらず、そしてそれによって世の中でも評価されてるにも関わらず、
 
 
「人間には、もっと評価や効率より大事なことがあるんじゃないか」
 
 
と言ってるわけですよ。
 
 
 
能力を特化していくと、それに伴って人格も歪んでいきがちだと。ひとつ出来るだけで、すべて出来るような気になって、周りからも持てはやされて人格が歪みがちになると。
 
けど、実際、そういった人格が歪んだような人でも、いまのこの世の中では、なぜか出来る一面だけで評価される。みんなはそれをどう思ってるんだと、そう言うのです。
 
 
 
そして、ウメさんは自分を指さし・・・・・・
 
 
「もしプロゲーマーなかったら・・・・・おれヤバくない・・・・・・?」
 
 
 
と、この夢の世界から、あくまで醒めた目で自分を見続けている。
 
 
「結局、どんな偉そうなこと言ったってゲーマー、それがプロゲーマーになったって同じだ。所詮は、いい歳して遊んでる連中ですよ」
 
 
 
 
 
ミュージシャンなんかでたまに見かけるが、自分のことを「ドラゴンクエスト」というゲーム内の「遊び人」というキャラクターに例え、こんなことを言う人がいる。
 
 
 
ドラクエの『遊び人』は、他のキャラは無理なのに、『遊び人』だけがレベル20になると『賢者』になれるんだけど・・・・・・遊び続けてたら、おれも気付いたら(賢者に)なってたよね」
 
 
 
いや、違うんです。ドラッグや女遊びは、本当の遊びじゃない。
 
そんなんじゃなく、本当に遊びを追求するとは、絶望を追求することと同じなんだ。
 
ピエロが流す涙の先にこそ、自分を尊ぶとは真逆の、もはや幼子の優しさかのような本当の智慧があるんだ。
 
 
 
世界は、彼のような人をこそ大事にして欲しい。ウメハラこそ現代の賢者だ。